ピナコばっちゃんが感じる「仕事の皮肉さ」

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今回も『鋼の錬金術師』について。

 

この漫画を読みながら思いついたことを記事にずる

ってことで進めてきているのですが、

とりあえず全館を読み終えた後に、また一からさらっと読み直していて、

「お、これは記事になるな」

って直感で感じたものを記事にしたら、

すぐに次の巻を読み進めていくって感じで書いています。

 

「読み返すたびに新しい発見がある」

っていう漫画とか本ってありますよね。

 

あれって、漫画自体が変わっているわけではないし、

「この漫画じゃないとできない」ってこともないですよね。

 

全ては「自分の視点」次第です。

 

どのような視点で漫画を見るか。

一周目と違った視点で読めるか。

 

その違いだけです。

 

 

これは自分が学んでいることか考えていること次第で変わってくることで、

気を張って「何かネタを探してやる!!」って思わずとも、

自分の視点が変わっていれば、自然と新しい繋がりが見えてきます。

 

それが前回の記事で書いた

「賢者の石思考」ってやつですね。

 

抽象度の上げ下げをする習慣が日頃からあれば、何でも繋がります。

 

 

ということで、

今回は、ピナコばあさんのセリフについて。

 

ピナコばあさんというのは、

主人公のエドとアルフォンスのおばあちゃんのような存在で、

オートメイル(機械鎧)というエドとアルフォンスの身体の一部を作る仕事をしている人です。

(ヒロインのウィンリのおばあちゃん)

 

「ばっちゃん」と呼ばれています。

 

そのピナコばっちゃんは、オートメイルを作る仕事をしているので、

手足がなくなった人に対して義手や義肢を作ってあげることで生活をしています。

 

 

それについて、こんなセリフがあります。

 

「皮肉なものさ

戦で家族を失ったあたしらが

その戦のおかげで

飯にありつけているのだからね」

 

戦という負のものから生まれた仕事で、

ピナコばっちゃんたちは生活をしています。

 

言い方を変えたら、

「戦が起これば、自分の仕事が増える」

ということです。

 

これは確かに皮肉ですね。

 

戦は決して良いものではない。

でも、その戦がなかったら生活ができない。

 

ある意味、ピナコばっちゃんは、

戦に感謝をしなければいけないのかもしれません。

いけないという義務的なことはなくても、

感謝せざるを得ないような状況なのかもしれません。

 

 

これって、現実でも当てはまりますよね。

 

たとえば、医者という仕事は、

患者から病気を治すことが仕事ですが、

患者が病気にならなければ仕事がなくなる。

 

患者の病気が治れば嬉しいけど、

かと言って、病気がなくなったら仕事がなくなる。

 

複雑な気持ちになりますね。

 

 

だから、こんなことが言われるわけです。

 

「病気がなくなる世の中になったら、医者は必要なくなる!」

 

 

でも、実際は病気がなくなることはないだろうし、

たとえ、すぐに何でも治る薬が開発されたとしても、

医者の仕事がなくなるなんてことはないはずです。

 

病気になってから治る薬が開発されたら、医者は何をするのか?

 

 

それは、「病気にならないような教育」です。

 

つまり、予防する教育を伝える仕事が生まれて、

そこから食の大切さとか運動の大切さとか、

単に、「病気」という話だけではなくて、

色々なことを伝えていくことが仕事になるんじゃないかと思います。

 

要するに、「教育」ですね。

 

学校の教師も今では、

「予備校みたいにオンラインで学べるようになったら、教師は必要なくなる」

なんてことが言われることがありますが、

実際は、何かしら役割が変わるだけで、

何かを教える人がいなくなって全員ロボットになるなんてことあり得ません。

 

未来はわからないけど、

逆に、人間らしさが増していくはず。

 

 

教育って何か?

 

という話は、自分なりの考え方もあるので、

それについてはまた別の記事で書いていけたらと思います。

 

 

誰かが困っていることを助けるのが仕事でもあるけど、

その困っている人がいなくなったら仕事がなくなってしまうから、

困っている人がゼロになっては困る。

 

なんてことも、

仕事によってはありますね。

 

でも、困っている人がいなくなったら、

仕事の役割が変わるだけで、

全ての業種は「教育」の要素が生まれてきて、

何かしらで、相手の視野を広げることが役割になるんじゃないかなぁ

と、ピナコばっちゃんのセリフから思いました。

 

ピナコばっちゃんの場合は、なんだろう?

 

 

 

・・・

 

んーー、歴史を語るとか?

 

戦の歴史を語っていったり、

五体満足が当たり前ではないことからも、

何かしらの教育に繋げていけるはずですね。

 

当たり前だと思ってしまうものだけど、

ピナコばっちゃんからしたら当たり前ではない。

 

その視点の差に価値が生まれてきそうですね。

 

 

ピナコばっちゃんは、エドとアルフォンスの父親と仲が良くて、

そのことで物語りは盛り上がっていったりするので、重要人物です。

 

何より暖かいおばあちゃんです!

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  1. 2018年 1月16日