免許更新で見た光景

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この前、二年ぶりに免許更新に行ってきました。

二年間無事故無違反だったので、

優良者講習?みたいなものに参加して30分で抗議を終えて帰ってきました。

 

免許センターでの思い出といえば、

教官にめちゃくちゃ怒られたこととか、

学科試験で確か3回くらい落ちてギリギリ受かったこととか、

色々ありますが、良い教官の人ももちろんいましたねぇ。

 

スポーツの話で盛り上がって、

教習中に雑談をするような時もあったり。

 

 

そんな「教習所」ですが、

やっぱりいつも思うのは、

 

「自動運転が普及していったら車はどうなるんだろう?」

 

ということ。

 

 

教習所で教官が教えなくても、

ボタン一つで自動で目的地まで連れて行ってくれる。

 

そんな車がいつか実現しそうです。

 

未来のことはどうなるかわからないですが、

今、世界中で自動運転の開発が進んでいるし、

個人的な意見としては、早く実現してほしいなぁと思います。

 

事故が減ることはもちろん、

教習所の教官や事務の人たちを見ていても、

もっと他にできることがあるんじゃないかな

と素直に思いました。

 

 

「ロボットが人間の仕事をやる」

というのは悪いことではないです。

 

人によっては、仕事がなくなるから困る!って人もいると思いますし、

それについて危惧されているような記事とかは沢山ありますが、

教習所で写真撮影とかをしていて、

「ああ、これはロボットでもできるようになるだろうなぁ。

むしろ、ロボットが代わりにやった方が面白い仕事が増えるだろうなぁ」

ということを思ってました。

 

だって、免許更新の説明、

毎日同じことを繰り返して言っているわけです。

 

視力検査、写真の取り方、免許更新の順序、…

 

 

これがロボットに代わったら、

その分、そこで働いていた人は何かできます。

 

僕は今、バスケの情報発信をしていますが、

もしあれをしていなくてコンビニでバイトとかしているだけの人生だったら、

あの発信で出会った人たちや知った情報を知れなかったということなので、

それはそれで、つまらない人生だなと思います。

 

ああいう発信をしていると、

「自分には何も発信するものがないから」

という感じで最初は誰でも思いますが、

絶対、何かしら人にはない視点ってあります。

 

情報発信に限ったことではないけど、

自分ができることって意外と自分の中にあって、

それをほとんどの人は気づかずに発信せずに過ごしてしまいます。

 

 

それは勿体無いことだなぁと思います。

 

 

だから、もし自動運転が普及して、

教官の仕事がなくなったら、悪いことではなくて、

むしろ、自分の中にある何かに気づけるチャンスで、

それを誰かに伝えていったりしたら面白いですよね。

 

それを伝える方法の一つが情報発信というだけで、

伝える方法は何でもいいと思うんですよね。

 

 

前回の記事で、仕事の教育化を書いたんですが、

教習所の仕事が自動運転でなくなるかというと、

もしかしたら、自動運転の方法を伝える仕事が生まれるかもしれないし、

自動運転の社会での責任の取り方(事故になったときの責任は誰がとる?)を説明するかもしれないし、

何かしらで、教習所という形は残るのかもしれませんね。

 

 

まぁ未来のことはわからないけど、

教習所で免許更新をして思ったことでした。

 

 

自動運転が日本で広まるのがいつかわからないですけど、

2020年の東京オリンピックには何かしらで登場させるみたいですね。

 

 

最後に、Googleの自動運転についての有名なトーク。

これを話しているSebastian Thrunさんは、交通事故で友人を亡くしてから自動運転の開発に人生をかけるようになりました。今あるほとんどの交通事故の原因は、車のミスではなくて、「人間のミス」で起きています。だからこそ、自動運転が普及していけば事故で亡くなる人が減っていく。そんな社会を作ることを自分の使命としているのがSebastian Thrunさん。自動運転の歴史も話されています。最初は砂漠でのレースから始まったそうです。色んな失敗があっての今なんですね!

 

 

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  1. 2018年 1月16日